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フラメンコを辞めたかった。


フラメンコの業界は、世の中のうちの、ほんの小さな、小さな一部でしかありません。

国に利益をもたらす訳でもない。
大きなニュースになる訳でもない。
災害時に役に立つ訳でもなければ、人の命を助けられる訳でもない。

だから、、、

私がフラメンコを辞めても何にも影響がないし、辞めてもいい、
これで最後にしよう、
そう思ってソレアドの舞台に立っていました。

でも、、

お店は満席で、
来てくださったお客様が、たいそう感動してくださるから、

辞めるのは、、、気が引けました。



私は忘れられない。
スペインで体験した感動は
私の心の奥深くの心臓までたどり着き、血となり肉となって身体に染み渡っていました。

忘れることはできません。




スペインで味わった感動を
一人でも多くの人に伝えること。

まだ、死んでも、死にきれないや。










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挫折なのかもしれない

私は恵まれているのだと思います。

やりたい事ができる環境があって、夢や目標も、選択でき実現できる。
幸せなことです。

でも、時々、
道を間違えてしまうんです。



いま、わたしは
何を選択すべきなのか。

大切にしなければならないこと、やっていくべきことは何か。

私はフラメンコを踊るのか、
それとももう必要はないのか。
20140922190826853.jpg
わたしはなにができるのだろう。



たくさんの想いを胸の奥深くに落とし込み、
ソレアドの舞台に立ちます。












フラメンコ舞踊活動の理由

生涯忘れられない体験をしました。


フラメンコを勉強しにスペインへ留学していたときのこと。
自身の開いたフラメンコライブの会場は、溢れんばかりの「愛」でいっぱいになりました。
それはもう会場には収まらなくなり、1つしかない狭くて小さな扉から吹き出しました。

フラメンコ。
それはそれは、なんて情愛に満ちたものなんだろう。なんて深いものなんだろう。。。


----

私は、コンチャ・バルガスという有名なジプシーの踊り手のところでフラメンコを教わっていました。
留学を終える前に彼女から教わったことを実践したくて、ライブを開くことを決意。
すると彼女は全面的に強力してくれたのでした。


こんな未熟でちっぽけな日本人の私。
ジプシーの濃密な空気、濃厚なフラメンコなんて踊れるはずがない。。。。それなのに。
彼女の家族もたくさんのハレオ。私はまるで家族の一員かのよう。
世知辛いこの世の中、こんなに幸せな気持ちになるなんて。

これがフラメンコなんだと思いました。



そんな素敵な体験をしました。

だからこそ、これからもずっと、
ジプシーたちが大切にしているフラメンコの本質を
探っていきたいと思っています。

そして、それを通して、

生きている中で何が大切か真摯に向き合い、
舞踊活動を通してそれを伝えていきたいと思います。



どうぞ応援をよろしくお願いいたします。
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プロフィール

鈴木真衣

Author:鈴木真衣
フラメンコ踊り手“La Pulga”
幼少よりバレエを始め音楽や芸術に親しむ。高校在学中にフラメンコに出会い静岡文化芸術大学在学中より大塚友美氏に師事、渡西を重ねる。長期留学時、巨匠コンチャ・バルガス氏に出会い、純粋で家族的なジプシーのフラメンコに魅せられる。09年、スペインでコンチャ・バルガス氏のもとミニコンサートを行い、現地のアーティストと共演。現在は関東を中心に活動。ジプシーの生活の中から生まれたフラメンコを追求することで、人生の中で大切なことを模索。

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