他人の評価



フラメンコのアルテをやると決めた段階で、アルテに関しては自分の感性を信じて、関係者に忖度(そんたく)することはとっくに辞めていました。

他人を忖度しないで生きることは、普通以上に孤独との戦いだということ、リスクの幅が大きいことも理解しています。


画家のゴッホは生きている間は他人に評価されることはありませんでした。ですがその絵の数々はあまりにも素晴らしく死後に世界的に評価されるものとなった、なぜならその絵は彼自身の信念を貫き、そのために起こる世の矛盾にぶつかった物凄いエネルギーが現れているからです。

他人の評価てのは何なんだろうと思います。



すこし秘書していた方で呉文精さんという方に出会いました。記事をみつけたので、書き留めておこうと思います。
呉さんも大変素晴らしい方で、苦労と努力の大きさに頭が下がります…


ルネサスエレクトロニクス呉文精(くれ ぶんせい)社長
「自分の信念を貫くことが大切だと思っています。組織の中で周囲を忖度(そんたく)するより、自分で針路を決められる経営者を目指しました。当時、ジャック・ウェルチ氏率いる米ゼネラル・エレクトリック(GE)が「経営力」で勝負している企業として輝いて見えたので、GEの金融子会社、GEキャピタル・ジャパンに転じました。

 GEには経営者育成の仕組みがあります。指揮者として、バイオリン奏者やトランペット奏者を調和させてオーケストラ全体で美しい音色を奏でるわけです。人事と経理、経営企画がちぐはぐではいい音は出ません。管理職として、営業や生産、開発といった様々な部署を協調させる手法を学びました。…」


呉さん、これからもご活躍を応援しています^ ^

Cajón カホン



ついに…手を出してしまった…

むかしから楽器は大好きで、母が音大卒で楽器店に勤めていたため様々と楽器をやりましたが、フラメンコ一辺倒になってから遠のいていました。

最近、楽器熱が炎上して趣味でドラム(Rock)を激しく叩いていましたが・・とうとうその趣味は・・・カホン(Flamenco)に移動しました…。

そしたらコンパスCompás(フラメンコのリズム)が楽しいのです。叩くのはシンプルなCompásですが、どれだけ濃密にCompásを感じ取れるか果てしなく面白いのでした…∞
Compásについてはスペイン時代通っていたスタジオのトロンボ という名手を思い出します。その時Compásにそんなに深さと愛情があることにびっくりしましたが、いまとても分かる気がします。

しかし
手がカサカサ…😢
腰がイタイィ…😭
カホニストたちの苦労が分かります…



※カホンは四角い木でできてる箱のようなもので、叩く場所によって違う音が出るのが魅力的↓
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美しい人



職場柄、たくさんの女優さんを見かけますが、皆さん本当に美しいです、ハイ!

わたしが男なら、どうにかして近づきたい→話したい→彼女にしたい…と欲望が悶々と渦巻いてしまいます( 下'ω' 心)



っと、、、この美しさですが、美しさの基準は時代により変わりますよね?


美学という学問を少し勉強したことがありますが、人類が誕生してから"美"の概念は様々に変貌していて、"モテる美人"の姿も、時代によって全く違うことにこの時、初めて気づいたのでした。
芸術の中での"美"も様々に論議が交わされていきます。極端な例はデュシャンという美術家の『泉』という作品で、その作品はなんとトイレの便器…、視覚的に美しいわけではありませんよね。そもそも芸術に美などなくていいと皮肉り、芸術の概念を改めさせられるものでした。

美しさは時代によって変わる流行、
芸術はいつの時代にも変わらないもの、
でしょうか。。。


しかし、わたしも女優さんみたいに、常に美しくありたいと思います。。。

見かけの美しさもそうですが
いつの時代でも変わらない美しい心を持ち続けていたいですね。

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1,000円のランチでこれだけのボリューム!デザートも付いてます。
渋谷のランチには詳しくなってきてしまいました。


鈴木忠志



今になってつくづくと思いますが…

むかし、著名な世界の演出家、鈴木忠志さんご本人の講義を受け、静岡のSPACや富山県利賀村の合掌造りの劇場群に足を運んだりしていたんです。20歳の学生時代のことです。(学生はぜいたくです)

鈴木忠志さんの話は、
面白かったですね、、、
やっぱりものすごい偉大すぎる人なわけで、、、経験の厚さ深さ豊かさダイナミックさや圧倒的なオーラに、まだ若かった私には、その人間としての差から、なかなかお近づきになれませんでした。

そもそも世の中のことを何も知らない学生にとっては経験の差は当たり前ですが、

いま、社会のこと、経済のこと、政治のこと、人間のことについて知れば知るほど、舞台や芸術が面白く凄みを悟るものです。

★鈴木忠志さんをご存知ない方は↓↓↓
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/鈴木忠志



アルティスタ…



ちょっと難しい話ですが…
フラメンコのアルティスタは、一体どれくらいいるのでしょう。

結局、芸術は、全て同じところにたどり着きます。フラメンコのアルテがわかる人は、ゴッホやピカソの凄みがわかり、バッハやベートーヴェンが理解できる…なんか、そんな感じだと思います。

スペイン留学から帰国して9年が経ちましたが、私にはその間ずっと、タブラオ出演→コンクール出場→教室開講の決まった流れには、疑問を持っていました。
いわゆる何でもできるプロのフラメンコダンサーなのですが、そこに私の心を打つようなアルテは感じられなかった。コンチャ・バルガスから教えられたフラメンコは、もっと生々しい人間の姿で、そこに強烈な感動を覚えたからです。

どんな偉大な芸術家も述べていますが、
芸術はかっこよくあってはいけない、うまくあってはいけない、心地よくあってはいけないらしいです。
なぜかといえば、純粋な心を持って、社会の様々な矛盾に体当たりし、瞬間瞬間に傷つき、苦悩にさらされながらも雄々しく生きている人間そのものが芸術だからです。そこにかっこよい・うまい・心地よいなどの"うわべ"はありません。
アルティスタはプロとはまた何処か意味合いが違うようです。



モーレツに!!!


なんか猛烈に自分の心を解き放ちたい!!!人から何を言われようと、内に秘めた情熱とエネルギーを出しきれ!!!ブァぁぁーーーー!!!と人生を熱く燃えたぎさせてくれる男でありました、岡本太郎の「自分の中に毒を持て」の本を一瞬で読んでしまいました。

笑っちゃうほど最高にパンチが効き人生のバイブルになりそう。


己の声に正直に生きることは
激しい人との衝突や孤立や困難にぶつかり変人扱いされるものですが、自分が自分を肯定しなさいと叱咤する岡本太郎さんが爽快です🍃

当たり前だが天才で魅力的で
渋谷駅の壁画の前で拝めたくなりそうだ( ´_ゝ`)

そういえばConcha Vargasもこんな人ですね…


※青春出版社
自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか (青春文庫)ー岡本太郎

心は自分の財産


「自分は年をとるけど
心の傷は年をとらない」


最近話題になった、YOSHIKIが放った重たい言葉ですが、
デリケートな人間の心は本当に興味深いものです。
IoT時代に突入しAIとともに生きていく私たちですが、嬉しいこと悲しいこと苦しいこと幸せなこと、複雑に感じることができる人間の心は人間の財産であると思います。

私自身が感じた気持ちは私の財産です。

それを形にできるアートというものは、鳥肌が立つほど、なんて神聖で崇高で格式が高いなものなんだろう🌠

やっぱり、幼少時代から共に歩んできた芸術が、大好きなんだなぁと思います。




アーティストの権利


春ですね…

実家の桜が満開です😋
しかし花粉は最悪です🤧





ここ1週間で

大塚友美さん…、大沼由紀さん…、井山直子さん…🦆…

っと、わたしが最も色濃く影響されてます日本のフラメンコアルティスタの舞台を立て続けに観る機会がありました。滅多にない機会なので、、、色々じんわりです。





そんなすばらしいアルティスタ(アーティスト)はたくさんいますので、アーティストの社会的な地位について、すこし、簡単に書き留めようと思います。

単刀直入に言えば、未だアーティストは一握りを除いて、経済的にも社会的にも弱い立場にいて、適切な扱いを受けているとはとても言えず、それぞれが社会との関わりを自問しながら活動をしています。

アーティストの活動は国民の生活や社会の貢献に重要な役割を果たしているにも関わらず、一般労働者と同じように税金を納め、年金や健康保健、そして労災などの手厚い保障などなく、将来もなかなか見通すことができません。

実はここ数十年で、芸術家の権利については、色々動きが出てきているようです。
大きな動きは、1980年に採択されたユネスコの「芸術家の地位に関する勧告」ですが、それを受けて日本でも、芸団協の芸術家の社会保障制度の提案をはじめ、国や地方、大学やNPO団体等様々なところから、芸術家の生活の実態調査、そして提案や実現に向けての動きがあります。

未だ未だだいぶ大きな話ですが、そういった色々な取り組みが実り、各々のアーティストたちが活動に専念でき、安心して人生を歩んでいける社会づくりができていって欲しいと願います。






アートマネジメント


大学は地元の新しくできたばかりの大学に芸術分野があったので、そこに進学しました。

当時まだ日本では新しかったアートマネージメント(舞台芸術方面)を専攻、

文字通り
アート×マネジメント
ですが、

今の私は
フラメンコ(芸術)×秘書(経営を支える人)

という風につながっているわけで、人生って不思議なものです。


芸術家はビジネスのためにやってるわけではないので、クラシック音楽も、バレエやオペラも、能や歌舞伎も、昔からパトロンで成り立っていていました。
アーティストたちがどうやって生計を立てていくのかについては、学生の頃から、とりわけ難しいと感じていました。企業メセナや文化庁などの公的な支援がありますが、若手のアーティストにとっては狭き門で現実的ではなく、才能も芽を潰していることが多くあったと思います。

実際にフラメンコの舞台だけで生計を立てている人はほぼ皆無で、ほとんどの人が教授活動をしています。


専攻していた私が言うのも何ですが、


芸術を追求する人生は
どうしても過酷になってしまうものです。

✧✧✧


ところで、
大学で一番インパクトがあったことが
メタファー(たとえ、比喩)についての授業でした。
能楽師シテ方の教授の授業の一環で、喫茶店の芝居に参加したことがありました。コーヒーを飲む日常と対義し、日常と非日常空間をさまざまな「たとえ」によって創り出すものでした。

フラメンコの舞台やライブもメタファーで、喜び愛情悲しみ苦しみの出来事がリアルタイムで起きているわけではありませんが、舞台に上がりフラメンコを演ずれば、そこにそれらが存在するのです。
フラメンコの様々な技法(=たとえ)によって、それを存在させ感動がうまれるのです。


考えだすと小難しいですが、、、💦

メタファーについては、芸術以外でも、政治やビジネスシーン、交渉や説得したり教えたりする時などにもとても有効なので、わたしも日常でよく使っています。知っておくと応用が効き便利だなぁと思います。


創造と練習


私は昔から何かを創造するのが好きだったと思います。

高校時代の音楽の授業でミュージカルを創って作曲を担当し最高の成績を獲得したり、合宿コンクールで編曲してオリジナルをピアノで伴奏したりと、何かイメージが出てくる方でした。

ダンスの部活でも、自分が振付したジャズダンスが文化祭や発表会で評判になったことがありました。今でも振付おぼえてますが…その時のみんな覚えるかな?

高校時代って…スカート丈を短くして髪も少し赤くして革鞄が薄いギャルをやってまして、体育の先生にゲンコツを食らい…一応進学高でしたが勉強した記憶がなくスパルタな母の視線が一番怖いものでした…苦笑



ただ、いつもカラダの奥底から溢れてでてくるものがあって、それを発散しないとまるで情緒が安定しない駄目な子で、母親もそれを理解し応援してくれました。

そういうものは紙一重かもしれません。

その溢れて出てくるものを確実にするのが練習なのだと思います。

最終目標はテクニックの向上ではないけど、テクニックがあってその上での表現、
いつまでも練習はつきものだなぁ、と思います。

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プロフィール

鈴木真衣

Author:鈴木真衣
フラメンコ踊り手“La Pulga”
幼少よりバレエを始め音楽や芸術に親しむ。高校在学中にフラメンコに出会い静岡文化芸術大学在学中より大塚友美氏に師事、渡西を重ねる。長期留学時、巨匠コンチャ・バルガス氏に出会い、純粋で家族的なジプシーのフラメンコに魅せられる。09年、スペインでコンチャ・バルガス氏のもとミニコンサートを行い、現地のアーティストと共演。現在は関東を中心に活動。ジプシーの生活の中から生まれたフラメンコを追求することで、人生の中で大切なことを模索。

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